茶器割って大爆死!強烈すぎる最後を遂げた松永久秀をゆるりと解説!

茶器割って大爆死!強烈すぎる最後を遂げた松永久秀をゆるりと解説!

茶器割って大爆死!松永久秀をゆるりと解説!

将軍殺害・大仏放火・暗殺・主君裏切り…、戦国時代の常識を覆し、悪い意味で色んな伝説を作った松永久秀…。


 

あの織田信長もなぜだか彼を憎めなかった!今回はそんな不思議な魅力を持つ松永久秀をゆるりと解説!

 

悪いイメージを持たれている武将だけど、実は誤解されている部分もあるのよ〜。

 

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松永久秀の謎めいた出自…三好家の家臣として武将デビュー

 

関ヶ原の戦いが起こったのが1600年…

 

そう見ると1510年生まれとされる松永久秀は、戦国時代に活躍した武将の中では結構なオールド世代となります。

 

そして松永久秀の出自については詳細不明で、武家出身だとも商家出身だとも言われているようです。

 

 

どっちにしても、もともと高い身分ではないね。父や母が誰なのかも不明なのだ。


 

そんな松永久秀が初めに仕えたとされるのが三好長慶(みよしながよし)です。

※三好長慶はもともとは将軍家に仕える細川家の家臣だったけど、足利将軍家の実権を奪った細川晴元と将軍・義輝を近江へ追放し、京周辺を制圧した。一時は天下人候補だった凄い人物。

 

松永久秀がどういった経緯で三好家に仕えるようになったのかは不明ですが、1540年頃には武将として歴史の表舞台に出現していたのは確かなようです。

 

そして松永久秀は、後々『文武両道、政治的手腕も良し』と評価されるだけあり、三好家ではバリバリ働く優秀な人物だった模様。

 

三好家家中でメキメキと頭角を現し、気づけば大和一国をまかされるまでに出世…。

 

三好長慶の晩年には、三好家の政権運営をまかされるほどのポジションについておりました。

 

そのうえ、松永久秀の正室には三好長慶の娘が選ばれております。いかに信頼され、重用されていたかが伺えますね。

 

 

『悪い人』のイメージあるけど普通にエリート武将なんだぞ。


 

前代未聞の大事件その@悪名高い『将軍殺害事件』について

 

1564年、三好長慶が病死。

 

一時は天下人候補にもなるほど権力を拡大させた三好長慶でしたが、有能だった長慶の弟達や長男が相次いで亡くなった為、この頃には三好氏の勢いは衰えつつありました。

 

そんな状態で三好家を継いだのが、若干15歳の三好長慶の甥っ子・義継です。

 

 

義継様はまだ若いからワシらで支えていかなきゃあね〜!


 

三好三人衆

 

そうだね〜!我々で三好家を盛り上げようぜ〜!


 

こんな感じで義継を補佐する事になった松永久秀ですが、実質、三好家の実権は松永久秀と三好三人衆が握る形となりました。

※三好三人衆…三好長慶の家臣である三好長逸・三好政康・岩成友通、この三人の総称。

 

そして1565年、松永久秀は三好三人衆と協力して将軍・足利義輝を殺害するという大事件を起こしています。

 

この『足利義輝殺害事件』は松永久秀の悪事の中でもかなり有名な事件ですが、実行犯は三好義継・三好三人衆・松永久通(久秀の長男)らであって、実は松永久秀は襲撃現場にいなかったそうです。

 

 

皆で企てた事なのに、なぜかワシがメインで悪者にされているという…。


 

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前代未聞の大事件そのA『東大寺大仏殿放火』について

 

足利義輝殺害事件からしばらくすると、三好家内での主導権争いが激化していきました。

 

三好三人衆は松永久秀が三好家内で権力を持つのを良しとせず、三好義継・三好三人衆VS松永久秀という形で戦にまで発展してしまいました。

 

三好家をとりまく武将達の多くが三好三人衆に味方した為、一時は逃亡生活を余儀なくされるほど窮地に立たされた松永久秀ですが

 

三好義継

 

助けて久秀さん!三好三人衆が私を無視して好き勝手悪さばかりしている!


 

 

よっしゃ!一緒に三好三人衆をやっつけよう!


 

三好家当主・義継が三好三人衆と決別し、松永久秀側についたのをきっかけに反撃に出る事ができました。

 

そこで松永久秀は三好三人衆が陣を張っていた東大寺に奇襲をかけ、見事に三好三人衆を撃破したのであります。

 

その戦の際に東大寺の大仏殿が焼失してしまったわけですが、実際、誰のせいで大仏殿が燃えてしまったのかハッキリとわかっていないそうです。

 

松永久秀が放火したとも言われているし、三好側が放火したとも…。

 

ただ、東大寺に攻め入ったのは紛れもなく松永久秀であり、勝利したのも松永久秀なわけなので

 

 

松永久秀が三好を倒すために大仏殿を燃やした。大仏様を燃やすなんて前代未聞、人の成せる所業ではない。松永久秀は道徳心のカケラもない悪い奴だ。


 

なんて世間から言われ、悪いイメージを持たれてしまうのは致し方ない事なのであります。

 

 

真実は闇の中…。まぁでも、大仏様のいる場所に攻撃する事自体が悪い事だよね。うん。


松永久秀と織田信長!一回目の裏切り

 

東大寺大仏殿の戦いで三好三人衆に勝利した松永久秀…。

 

勝利したとはいえ、まだまだ三好三人衆の勢いは健在で気の抜けない状況が続いておりました。

 

そこで松永久秀は、当時ノリにノっていた織田信長に臣従して安泰をはかります。

 

 

三好三人衆は三好家を乗っ取った悪い奴らなんですよ。信長さん助けてぇ。


 

松永久秀はこの時『九十九髪(つくもがみ)』という茶器を信長に献上しました。

 

 

なんて素敵な茶器!嬉しい〜!OK、サクっとやっつけて三好の領地手に入れちゃおう!


 

茶器コレクターの信長もこれにはニッコリ。織田信長はすぐさま三好三人衆を撃破し、京周辺から追放しました。

 

 

ありがてぇ。ワシの領地だった大和も取り戻せたし一安心…。


 

 

松永さんが優秀なのは噂にきいてるよ!織田家の為に力になってね!


 

 

おまかせあれ。いや〜ホント織田家の勢い凄いっすわ。


 

将軍・足利義昭を奉じて上洛し、さらに京周辺を手中に収めた織田信長はますますの権力を握る事となりました。

 

しかし、これを面白く思わないのが将軍・足利義昭でした。

 

足利義昭

 

信長が協力してくれたおかげで私は将軍になれたけど、今では完全に私の事をないがしろにしておる!
このままでは信長に将軍の座をのっとられちゃうよ!


 

との事で打倒信長を決意、周辺諸国の大名達に協力を呼びかけ『信長包囲網』を形成しました。

 

松永久秀の,クレイジーな,人生

 

 

信長包囲網ヤバない?どう考えても織田が詰んでる…。


 

しばらくはマジメに織田信長に従っていた松永久秀ですが、ここで足利義昭の呼びかけに応じて反織田勢の仲間入りを決めます。

 

 

信長と敵になるし、三好三人衆と仲直りしよう!仲間は一人でも多い方がいいよね!


 

敵の敵は友達、松永久秀は再び三好三人衆と組み、信長に謀反を起こしました。

 

しかし、このタイミングで武田信玄が死去。

 

 

武田がいないなら怖いもんはないね!アンチ織田勢を殲滅してやる!


 

織田信長は反織田勢をことごとく撃破、足利義昭は追放され幕府は滅亡。完全に信長包囲網は崩壊してしまいました。

 

 

三好義継は戦死、三人衆も壊滅しちゃった。今更謝っても絶対許してくれないよね…。信長超怖いもんなぁ。


 

 

松永さん、許すから戻っておいで。


 

 

うそーん。優しい。


 

自分に歯向かうものには容赦ない織田信長ですが、なぜか松永久秀は許されたのでした。

 

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二度目の裏切り!なぜ裏切る?なぜ許される??

 

織田信長と和解してから数年後の1577年…、松永久秀は織田信長のご機嫌を伺う為に安土城を訪問しました。

 

そしてその時、たまたま三河の徳川家康も織田信長に会いに来ていました。そこでちょっとした事件が起こります。

 

 

あ、どうも。


 

 

はじめまして。


 

 

家康は松永さんの事知らないんだっけ?せっかくだから紹介するよ。

 

松永さんはな、常人が成し得ない3つの事をやってのけた凄〜い人なんだ。

 

時の将軍・足利義輝を殺害し、自分を取り立ててくれた大恩ある三好家を滅ぼし、東大寺の大仏様を焼き払った。

 

只者じゃないだろ〜?


 

 

す、凄いっすね…。


 

 

‥‥。


 

松永久秀は織田信長の容赦ないディスりに、顔を真っ赤にしてその場を退席。

 

実際にあった事とはいえ誤解もあるし、親子ほど歳の離れた徳川家康を前にこんな事を言われたのでは久秀のプライドもズタボロなのであります。

 

 

年下のくせに!腹立つ(´;ω;`)!!


 

なんて思ったかはわかりませんが、少なからず信長に対して不満を抱いたと思われます。

 

三好長慶に仕えていた頃は家中トップのエリートだったのに、織田家家中ではいち家臣に過ぎず、20も年の離れた信長に小馬鹿にされる…。

 

世の流れとはいえ嫌にもなっちゃいますよね。

 

こういった事が原因かは謎ですが、松永久秀はそれからしばらくして起こった戦(織田信長VS本願寺勢力)に参加するも突如として本願寺勢に寝返り戦線離脱、居城・信貴山城に籠もって織田軍と徹底抗戦の構えを見せるという暴挙にでております。

 

 

なんで裏切られたのかマジで全然わからん!


 

織田信長は理由を聞く為に使者を送りましたが、松永久秀はこれを無視しました。

 

 

うぬぬ。松永さんヒドイ…。


 

織田信長は息子・織田信忠や明智光秀、羽柴秀吉らを派遣して信貴山城を包囲させました。

 

 

めっちゃ大軍で来た…。さすがに信長も怒ったか。


 

 

信長様が茶器『平蜘蛛茶釜』を差し出せば許すと言っております!


 

 

許すんかい。どんだけ茶器好きなんだよ。


 

 

信長様に逆らって首斬られないのは奇跡よ?茶器持って城から出ておいで?


 

 

絶対嫌!茶器も私の首も信長に絶対渡さんっ!!


 

松永久秀は平蜘蛛茶釜を粉々に砕き、それを城外に投げ捨てるとその場で火薬に火をつけました。

 

そして天守閣が盛大に爆発。松永久秀は日本人史上初の爆死という壮絶な最後を遂げたのでした。

 

茶器一つで助かった命なのに、何が彼をそうさせたのか??

 

本人にしか心の内はわかりませんが、織田信長に対して何か思う所があったのは間違いないでしょう。

 

 

もしかして嫌われてたのか(´;ω;`)?ワシは松永さんの事気に入ってたよ?


 

自分に逆らう人間には容赦なく死の制裁を加える織田信長ですが、松永久秀にはなぜか甘々。

 

 

将軍殺害に大仏放火…常人には真似できないこの所業…松永先輩ハンパねぇっす!


 

ってな感じで松永久秀の事をリスペクトしていたのかもしれません。

 

 

信長も将軍追放したり、比叡山焼き討ちしたりしてるしね。なかなかの悪よ。


 

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