逸話:徳川家康は鷹狩が好きすぎる!その他逸話まとめ

逸話:徳川家康は鷹狩が好きすぎる!その他逸話まとめ

徳川家康のそんなに面白くない逸話まとめ!

徳川家康の凄みや人柄、鷹狩が好きすぎるのが伝わってくる逸話をご紹介!


 

『へぇ〜』『さすが家康〜』とは思えるけど、正直、織田信長や豊臣秀吉と比べると逸話に面白みはないかも??笑

 

 

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逸話その@部下への説教>鷹狩… 鷹狩大好き!!な徳川家康

 

今川氏滅亡後、駿府に移た徳川家康…。

 

ある日、家康は『鶴が出没した』という情報を耳にし、

 

 

ウヒョー!こうしちゃおれんっ!!


 

とテンションMAXで急ぎ鷹狩へと出かけました。しかも夜から。どんだけ鷹狩好きなん。笑

 

さておき、徳川家康は家臣の道案内で馬を走らせていたのですが、その道中で今川義元のお墓に出くわしました。

 

 

むむ…。


 

徳川家康は馬から降り、今川義元のお墓に手を合わせました。

 

 

義元公のお墓は避けて通るようにと日頃散々申し付けていたのに…。
今回の道は誰が決めたの??調べといてね。


 

少し不機嫌になってしまった徳川家康…。

ワックワクの鷹狩ピクニックから一転、家臣達は後で処罰を受けるかもしれない…と不安な気持ちで鷹狩を行う羽目になってしまいました。

 

そして狩場につくと、家康はお目当ての鶴と遭遇!

 

 

ウヒョー!テンション上がる!


 

バッチリ鉄砲で鶴を仕留めた家康は上機嫌で帰宅、道案内の不手際についてはもうどうでもよくなったか、結局誰も怒られなかったそうです。

 

逸話そのA人質時代の嫌な思い出…30年後に家康は…

 

徳川家康は8歳から19歳の間、駿河の今川義元の人質として日々を過ごしておりました。

 

今川家から冷遇されていたわけではないけれど、決して幸せとは言えない不自由な日々でした。

 

そんな日々の中で、家康がとても楽しみにしていた事があります。

 

そう、鷹狩りです。この頃から家康は鷹狩りにドはまりしていたのです。

 

そしてある時、家康が敷地内で鷹を飛ばしていたところ、鷹が方向をそれて今川家家臣の孕石元泰(はらみいしもとやす)の屋敷に入ってしまいました。

 

孕石

 

鷹が糞をしたり獲物を落としたりして迷惑だ!やめてくれ!


 

 

すいません…


 

その後も鷹狩大好きな家康はちょいちょい鷹を飛ばしていたのですが、ちょいちょい鷹は孕石の屋敷(屋敷が隣)へ入ってしまっていたのです。

 

 

(きまずっ…。けど鷹狩りだけはやめられない…。)


 

孕石

 

三河の小倅にはあきれる。鷹狩りばかりして人に迷惑をかける事しか知らんのか。


 

それからというもの、孕石は事あるごとに家康に悪態をつきました。

 

 

少しくらい許してくれてもいいのに…。唯一の楽しみなのに…。


 

家康は肩身の狭い思いをし、人質時代を過ごしたのであります…。

 

それから三十年余りの時が立ち―…、

 

徳川家康は、武田勝頼の支城である高天神城を落とすべく、これを包囲しました。

 

しばらくすると敵の兵糧が尽き高天神城は落城したのですが、この時捕えた武将の中にあの孕石元泰がいました。

 

孕石元泰は今川家滅亡後、武田家に仕官していたのです。

 

 

お前…忘れてはおらんぞ。ワシの事をいつも小馬鹿にしておったな?

 

お前もワシの事を覚えているだろう。腹を切れ。


 

孕石

 

覚えているとも。お前の言い分はごもっともだ。


 

徳川に降伏した敵武将で切腹させられたのは孕石ただ一人だけでした。

 

今川家を独立してから家康は立派な大名に成長しました。
孕石とは立場が完全に逆転、家康は30年越しの恨みを果たしたのであります。

 

 

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逸話そのB些細な事、家康は戦に挑む前にこんな事までしてた

 

長篠の戦いが始まる前の事…。

 

戦上手で最強の騎馬隊を持つ武田勝頼の大軍と戦う…という事で、徳川軍の兵達の間には何とも言えない緊張感が充満しておりました。

 

 

みんなガッチガチや…。忠次、ちょっと『えびすくい』でもして皆を笑かしてやってくれんかね?


 

徳川家康は家臣の酒井忠次に命じました。

 

酒井忠次が軽快にえびをすくう仕草を披露すると、皆自然と笑顔になりこれまでの緊張感がスッと消えていきました。

※『えびすくい』は狂言のひとつらしい。

 

 

これで良いのだ。


 

さすがは戦をよく知る大将。戦術だけを考えるのではなく、兵たちのメンタルのフォローもばっちしです。

 

そして徳川家康は緊張感をほぐす事の他に、

 

 

下戸も戦の前には酒を飲め。飲めば気が強くなる。

 

チビチビ飲むのはダメよ、茶碗で一気にグイっとね。


 

こんな事を言っていたそうです。不安や緊張感はとっぱらって、強気で戦に挑め!!という事ですね。

 

逸話そのC徳川家康の外見&秀吉の家康への評価

 

豊臣秀吉の天下となったとある日の事…。

 

秀吉は聚楽第で能を催し、家康はそこで『舟弁慶』の義経を披露しました。

 

家康の見た目は『太った老人』、義経を演じるにはあまりにも滑稽な体型です。

 

そして太っているせいか動きもたどたどしく、見物していた武将達は腹を抱えて笑ったのでした。

 

その後、家臣の一人が秀吉にこう言いました。

 

 

徳川殿ほど面白い人はいませんね。聞いた話によると、太りすぎてて自分で帯を結ぶことができないんですって。
あぁ、おかしい。


 

秀吉はこれを聞いて

 

 

家康は世に二人といない武略の人、並みの人では到底測る事のできない人物だ。


 

と家臣をたしなめたといいます。

 

ちなみに、加藤清正や浅野長政といった秀吉の近習はこの時の家康を見て

 

 

家康は狸だ。わざと馬鹿を演じている。


 

と感心していたそうです。

 

逸話そのD平和な時代でも武家の教育は怠らない!

 

徳川家康の息子・秀忠が将軍となってからのある日のこと…

 

 

秀忠は今何してるの??


 

 

秀忠様は今、歴戦のベテラン武士達から戦について色々話を聞いておられます。


 

 

戦について学びたいなら、榊原康政に話を聞くといいよ。
康政は軍の指揮官としてとても有能だからね。


 

徳川家康が榊原康政を推したのにはこんな理由がありました。

 

 

大将は大軍を指揮する立場にある。

 

大将に必要なのは戦場で槍を振るう事でなく、難に遭うのを避けることが大事なのだ。


 

徳川家康は平和な時代となってからも、我が子に武士の心得をしっかりと教育していたのであります。

 

そして死の間際には、

 

 

ワシがしてきた以上に、家臣達を手厚く待遇するように。
そして民から恐れられるのではなく、愛されるよう努めるのだぞ。


 

と、息子の秀忠に遺言を残しています。

 

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