戦国最強の島津氏!義弘はじめ四兄弟の関係&個人の功績や特徴をまとめてみた

戦国最強!島津四兄弟の関係&個人の功績をまとめてみた

戦国時代、九州のほとんどを支配下に置き『九州の覇者』となったのが島津氏。


 

かなりの戦上手で『戦国最強
明・朝鮮軍が恐れおののいた『鬼島津
当主が代々有能&有能&有能で『島津に暗君無し
揃いも揃って有能な『島津四兄弟

 

後世ではこのように言われ、とにかく高い評価をされているのが島津氏の特徴であります。

 

そしてこの島津氏の歴史を紐解いていく時、義弘・義久・貴久・豊久・家久・歳久・忠恒(家久)と登場人物が多い&漢字がかぶりすぎてて初見にはややこしすぎるのも特徴であります。笑

 

ここではそんな島津家の武将達の関係性や、その個人の功績・魅力をなるべく簡単&わかりやすくまとめてみました!

 

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島津貴久の息子四人が『島津四兄弟』!

 

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島津忠良(ただよし)

島津四兄弟のおじいちゃん。

 

島津氏は鎌倉時代から薩摩・大隅・日向三国を守護する名門一族でした。
しかし戦国時代に突入したばかりの頃の島津氏は、他勢力との戦や一族同士で争いが起こるなどが続き弱体化、その勢力圏も薩摩の一部と小さなものでした。

 

この時期に島津一族の中で実権を握り、新たに島津家をまとめ上げて強い大名家へと立て直していくきっかけを作ったのが四兄弟の祖父・島津忠良であります。

 

島津貴久(たかひさ)

『島津四兄弟』の父親。上の島津忠良の長男。53歳で長男・義久に家督を譲り隠居しております。

 

『島津ヤバイ!最強!』といった怒涛の活躍を見せるのは息子の義久や義弘達なので、父・貴久の時代はこれといって目立った活躍はないのであります・・・。

 

島津義久(よしひさ)

 

島津四兄弟の長男で島津家当主。

下3人の弟達がみな勇猛果敢なタイプであるのに対し、義久は割と大人しい性格だったと言われております。

 

戦で表立って活躍していたのは島津義弘ら下の兄弟達であり、義久自体は戦にはほとんどでる事がありませんでした。

 

義久は島津軍総司令官として後方で弟達を指揮、抜群の戦略眼を持って、数々の戦で島津軍を勝利に導いています。

 

こんな感じで島津四兄弟は『兄が物事を決めてそれを弟達が行動に移す』といったスタンスで成り立っておりました。義久自身も

 

 

ワシは特にこれといった働きはしてないよ。弟達が勝ち続けてるだけ。


 

と謙虚に語っていたんだとか。

 

徳川家康なんかは島津義久の指揮官能力をかなり評価していたらしく、

 

 

自らが動くことなく勝利を得る、これこそ大将の鏡である!


 

と絶賛していたそうです。

 

そして島津義久は隠居してからも島津家で権限を持ち続けていました。
弟達より冷静に物事を見れる人物で、豊臣秀吉が九州征伐にやってきた時には早い段階で状況の不利を悟り、

 

 

まだ戦える!


 

と抵抗を続ける弟達を押し切って豊臣秀吉に降伏し、島津家のピンチを救ったのであります。

 

島津義弘(よしひろ)

 

島津四兄弟の次男で勇猛な武将。

島津家当主である兄・義久の右腕的存在。年齢も兄・義久と2つしか変わらず。

 

下の弟二人が早くに逝去しいるのもあり、おのずと四兄弟の中でスポットが当たるのが義久と義弘。この二人が中心となって戦国時代の島津家を支えてきました。

 

そして義弘は、祖父・島津忠良から『武勇も知略も人よりズバぬけて優秀』と評価されるほどの英傑であります。

 

『島津ヤバイ!最強!強烈!』というイメージを作ったのも次男・義弘の活躍によるところが大きく、

 

朝鮮出兵では明・朝鮮連合軍20万に対して島津軍7000という30倍近い兵力差で挑んで勝利し、

 

関ヶ原の戦いでは何千何万もの敵がひしめく戦場をたった500程の寡兵で戦い突破するなど、とにかく規格外の強さと行動力で世間を震わせたまさに猛将!といった人物です。

 

敵からは『鬼島津』なんて呼ばれて恐れられた義弘ですが、実はとてもまっすぐな性格で情に厚く、当主である義久より家臣から好かれていたそうです。

 

武将としてのステータスも高く人望も抜群、完璧超人といった武将であります。

 

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島津歳久(としひさ)

 

島津四兄弟の三男。長男・義久の4歳年下。祖父・忠良からは『知恵者』と評価されている。

 

次兄・義弘同様、長兄・義久の指揮の元に活躍した武将であります。

 

島津家が豊臣秀吉に降伏してからも歳久はアンチ秀吉的な態度をとっていたらしく、島津四兄弟の中で歳久だけ秀吉に冷遇されていたそうです。

 

そんな中、島津家家臣のアンチ秀吉派の一部が秀吉に反抗して一揆を起こしてしまうという事件が起こってしまいます。

 

 

一揆の首謀者は歳久だな?!やつが手引きしたに違いない!


 

もともと秀吉に良く思われていなかったのと一揆に参加した者の中に歳久の家臣が多くいた為、歳久は一揆の責任をとる形で自害に追い込まれ1592年にこの世を去ることとなります。

 

しかし島津歳久、実は豊臣秀吉に反抗的していたわけでなく、病気に侵され体が不自由になってきていた為に秀吉の命令通りに行動できなかっただけ…と言われております。

 

島津歳久

 

ワシは謀反など企んでおらん。しかし逆心アリと疑われた以上、島津家安泰の為にはワシが責任をとるしかない。


 

と、長兄・義久宛てに遺書を残していたそうです。

 

これが1592年の出来事・・・歳久は早くに亡くなった為、『島津最強』を知らしめるきっかけとなった明・朝鮮連合軍との戦や、関ヶ原の戦いには参戦しておりません。

 

島津家久(いえひさ)

 

四兄弟の末っ子・家久は長兄の14歳年下。祖父・忠良からは『戦術に長けている』との評価をされております。

 

3人の兄は同じ正室から生まれた子供なのですが、家久だけ父の妾(身分も高くない)が生んだ子供であり、若い頃は本人もそれを気にしていたそうです。

 

長兄・義久はそんな家久の心の内を察して

 

 

親が誰であれ、しっかり学問に励んで己を磨けばそれに勝る人間になれる。
逆に己を磨く事を疎かにすれば劣った人間になってしまう。


 

このような事を言ったといいます。

 

これを聞いてから家久は懸命に学問・武芸に励み、数年後には知略・武勇どちらも兄達に引けを取らないほど立派な武将へと成長。

 

『釣り野伏』などの戦術を駆使し、九州の三大勢力の一つだった龍造寺氏隆信を討ち取ったり、秀吉が送り込んできた仙石秀久・長宗我部元親軍を完膚なきまでに叩きのめすなどの華々しい功績を残しております。
四兄弟の中で一際若く才能もあった家久ですが、惜しまれる事に1587年、40歳で急死してします。(はっきりとした死因は不明らしい)

 

島津豊久(とよひさ)

 

島津四兄弟末っ子・島津家久の息子。

 

豊久が17歳の時に家久が死去、それからは義弘が父親のように豊久を可愛がり面倒を見ておりました。

それもあってか、豊久はかなり義弘の事を慕っていたといいます。

 

豊久も島津四兄弟同様に数々の戦に参戦、島津家に対する忠義もかなりのものがありました。

 

そして豊久といえばなんといっても関ヶ原の戦いでの壮絶な最後が有名です。

 

敗北の将となってしまった島津義弘を敵の追撃から守る為、命尽きるまで敵と戦い薩摩武士の意地と勇気を世に知らしめました。

 

31歳という若さで亡くなってしまいましたが、13歳で戦デビューしてからは九州での勢力争い、VS豊臣軍の九州征伐、朝鮮出兵など多くの戦を経験。

 

『薩摩武士の鏡』とも言われる忠義心厚い猛将であります。

 

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島津忠恒(ただつね)

 

島津四兄弟の次兄・島津義弘の三男。

 

島津義久には男子がおらず、また島津義弘の長男、次男が逝去した為、関ヶ原の戦いの後に島津家の家督を継いで当主となりました。

 

三男である自分が島津家当主になるとは思っていなかったのか、当主になる前はお酒と蹴鞠にハマってお気楽な生活を送っていたようです。

 

そして忠恒は情に厚い父・義弘とは真逆で、人を軽く見る傾向アリ。

当主としての務めは割とまともに果たしていたようですが、性格に難アリの問題児だったようです。

 

『島津に暗君なし』と言われるほどに有能揃いだった島津家ではちょっと異質な存在。なかなかゲスい逸話が沢山ある個性的なお方です。

 

そして後に名前を『家久』に改名しており、島津四兄弟の『家久』と区別するために後世では『悪い方の家久』なんて不名誉な呼び方をされることも・・・。

 

人間性に問題はあるものの、朝鮮出兵に参加した時には父・義弘同様に優れた武勇を発揮し大勢の敵兵を討ち取ったといいます。そこのところはさすが島津の将!といった感じですね。

 

・・・と、戦国時代に活躍した島津家の武将達はこんな感じになります。

 

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