意外と血気盛んな性格?!徳川家康は戦の時に我を忘れて・・・

意外と血気盛んな性格だった徳川家康!戦の時に我を忘れて・・・

意外と血気盛んな性格?!徳川家康は戦の時に・・・

後の天下人、徳川家康も戦の最中は我を忘れて全力で自軍の応援をしていた・・・?!


家臣も止められない?徳川家康、戦で我を忘れる

 

 

 

 

 

 

 

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戦ではアドレナリン全開の徳川家康

 

家康は、上の漫画にあるよう、戦になると我を忘れてガンガンと馬の鞍を叩いていたんですって。
自分の軍が勝っている時、ピンチな時・・・気持ちが高ぶると鞍を叩きまくる「鼓舞モード」なんてものがあったんでしょうね。

 

せっかく戦が終わって手の怪我が治っても、また戦で同じ事をしちゃうもんだから、じわじわと手が変形してしまったんですって。家康自身も、

 

 

普通に生活してたら手がやっぱり痛むんだけど、戦の時になると興奮して手の痛みなんか忘れちゃうんだよね〜


 

なんて事を言っていたんだとか。まぁ〜なんともあきれちゃうような話だけど、きっとそれだけ戦場は我を忘れて熱くなっちゃう場所なのよね。

 

そういえばサッカー選手や格闘家の人なんかも、試合中怪我をしても続行するなんて事があるわよね。それで試合後病院に行ったら「実は骨折してました!」なんてエピソードがあったり・・・。きっと彼らも徳川家康みたいに試合中にアドレナリン全開で、傷の痛みもなんのその!って感じなんでしょうね。それほど夢中になれるものがあるのってなんだか素敵・・・!

 

戦場という生死をかけた大舞台、一回一回の戦がその後の人生を大きく揺るがすし、大将となれば何百人何千人の命を預かるわけだから戦場でのプレッシャーや緊張感は凄いものでしょうね!

 

若い頃の家康はホトトギスを鳴かせに行っていた?!

 

家康が天下人になれたのは、

 

 

鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス


 

という言葉があるとおり、世の情勢を冷静に見極め、無理な博打はしないというスタイルにあると思うの。
でも、戦国時代の荒波に乗り出した頃の家康は意外にも血気盛んなタイプだったのよ。

 

そんな家康が変わるきっかけとなったのが、武田信玄との戦なの。
それは、武田信玄が家康の領地に侵攻してきた時の事・・・。家康の2倍以上の兵力で侵攻してくる武田軍に、家臣は

 

 

余計な事せずに籠城したほうが良いです!


 

と言うも、家康は

 

 

敵に好き勝手されてるのにひきこもってられるか!世の中の人に家康は臆病者だと笑われるのは嫌だっ!勝敗は天が決めるもの、俺は戦うぞ!


 

と武田軍と真っ向から戦いを挑んだの。・・・が、結果は家康の負け。
その時、家臣たちは戦場から退くことを家康に提案するも、家康は

 

 

討たれたってかまわんっ!絶対退かない!最後まで戦うっっ!!


 

と意地になっていたの・・・。

 

忠義心厚き家臣たちが家康を成長させた

 

そんな大将らしからぬ、自暴自棄ともいえる事を言いだした家康を救ったのが家臣たち。

 

正直、その時の戦は、徳川軍にはかなりハードな状況で、逃げ帰るのも上手くいくか・・・といったところまで追い込まれていたそう。そこである家臣は、

 

 

私が家康様になりすまし、戦場で戦う!他の者は何としてでも家康様を城に連れて帰ってくれ!


 

と、戦場に突っ込んでいったの。家康は半ば強引に、家臣たちに連れて帰られるような状況だったのね。
家康の身代わりとして戦った者は討たれ、他にも大勢の家臣が家康が無事に生きて城へ戻れるようにと武田軍と戦い、命を落としてしまったの・・・。

 

その後、冷静になった家康は自分の為にと命を落とした家臣の事、自分の考えがいかに軽率だったか、色々な出来事を重く受け止め考え方を改めたの。

 

 

今回の戦は、家臣の話に聞く耳もたず、ワシの意地とプライドで突っ走ったからこんな結末を迎えてしまった・・・。皆、本当にすまなんだ・・・。


 

それからの家康は、家臣の話にもしっかりと耳を傾け、自分の思いだけで暴走するような事はしなくなったの。
たくさんの犠牲がでてしまった戦だったけど、家臣たちの決死の思い、行動が家康を成長させたのよ。

 

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徳川家康は現代にいたら理想の上司?

 

家康の立場は現代でいうと『会社の社長』といったポジションよね。
部下は社長に『こうしたほうがいいですよ!』『それはいけない事です!』なんて反対意見をハッキリと言えないものだし、そんな事を言われると『誰にむかって意見してるんだ』と奢ってしまう社長さんもいるわよね。

 

なかなか立場が上の人には、顔色を伺って意見できなかったり、媚を売って本心ではない事を言ったりもしてしまうわよね。しかし家康は、

 

 

そうか、ハッキリと意見してくれてありがとう!参考になる!


 

と言えるタイプのように思うわ。
意見されても怒らず、ちゃんとマイナスの意見も受け止める、反省する事ができるのが徳川家康なの。
だからこそ家臣も家康についていくし、良好な関係を築いていけるのよね。

 

織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の3人は、戦場時代の3代英雄でありよく比較されるけど、この中で誰を上司にしたい?と聞かれたら私は徳川家康と答えるわ。
織田信長はね、絶対に人の意見なんて聞かないタイプよ。笑

 

織田信長は実力主義でプレッシャーがすごそう。

 

信長は無能な家臣を毛嫌いしていたんですって。父の代からずっと織田家に仕えてきた重臣でも、

 

 

あ、こいつはダメだわ。


 

と思ったらクビにして領地も没収、なんて事もあったんだそう。普通なら昔からの家臣は優遇されたりするもんだけど、信長は

 

 

身分とか忠義とか関係ない。仕事できんやつはいらん。


 

てゆう完全実力主義だったのね。
厳しそうな職場だけど、でもそのぶん有能な家臣には手厚い待遇だったの。
どこの職場にも「仕事めんどくさい〜早く時間たたないかな〜帰りたい〜」なんて人がいるけど、こんな考えの人は織田家では絶対やっていけないわね。

 

豊臣秀吉は秀吉の気持ち次第で冷遇されそうなイメージ・・・

 

豊臣秀吉は「人たらし」なんて言われているほど人の心をつかむのが上手かったんですって。無名の足軽から天下人になりあがった超有能な人物。

 

でもそんな秀吉にもダメダメなところがあるの。それは自分の感情を優先させたがために起こった『秀次事件』・・・。

 

豊臣秀吉は自分の子供ができなかったのね。
天下人となった秀吉は、自分の後継者を甥の豊臣秀次としてたんだけど、秀吉に子供(豊臣秀頼)が生まれると、秀次の事を邪魔者扱いしていったの。

 

 

秀次が自分や秀頼に対して謀反を企んでる!


 

なんていちゃもんをつけて秀次を追い詰めていったの。秀次はもちろんそんなつもりはないし、誤解だと弁明したんだけど、最終的に秀次は高野山へ追放されたの。
そしてついには秀吉に切腹を命じられてそこで生涯を終えたの。

 

※高野山への追放は「こいつは罪を犯しましたよ!」という事を明確に世間に知らしめる意味合いがあったんですって。
今でいう刑務所行きみたいなものなのかもしれないわね・・・。

 

これだけでもひどい話なんだけど、秀吉はさらに、秀次の家臣達や妻子、側室たちまでも徹底的に処刑したの。

 

あまりにもひどいわよね。秀吉の命なので家臣達も従わざるを得ないけど、この秀次事件の一連は、秀吉の家臣たちの心が離れていく大きな要因となったと言われているわ。
秀吉は豊臣家の血筋である秀次を自分の手で滅ぼしてしまったのよね。

 

豊臣家の繁栄を願っていたのなら、自分や秀頼を支えてくれる親族一派こそ大事にしていかなくちゃならないはずよね。
これは秀吉の人生の中で一番の黒歴史ね。

 

ちなみに、秀吉の死後に起こった関ヶ原の戦いで、秀吉の家臣の一部が徳川家康に味方したのもこういった秀吉の行いが少なからず関係しているのでは?・・・と言われているの。

 

秀次事件に関しては「さすがにやりすぎでしょ・・・」と思った家臣達も多かったみたい。
人たらしと言われるほど、人の心をつかむのがうまかったらしい秀吉だけど、こんな怖い一面もあるのよね・・・。

 

家康はとにかく家臣との絆が厚い!

 

家康は幼い頃から今川義元のもとで人質として育ってきたの。若い頃は今川に従い生きてきたのね。

 

※人質といっても、私たちが一般に想像するような、暗い部屋に押し込まれるようなネガティブものではない。
家康は松平家の跡継ぎでありお坊ちゃまなわけなので、手厚い待遇で日々を過ごしていたと言われている。学問や教養に関しても、今川家の雪斎という和尚様からエリート教育を施されていた。

 

そして今川義元が桶狭間の戦いで織田信長に敗れた後、この混乱に乗じて家康は今川家と決別して故郷の岡崎へ帰還するの。
岡崎でいつか家康が帰ってくるのを夢見て待ち続けていた家臣達はそれはそれは喜んだそうよ。

 

岡崎での家臣達の生活はあまり裕福なものでなかったんだけど、家臣達は家康が岡崎に戻ってきたときに苦労をしなくてもいいように軍資金や兵糧をコツコツと溜めていたの。
家臣達はいつか戻ってくる当主(家康)にこれからの松平家(この頃は徳川家康でなく松平元康という名前だった)の発展の夢を託して、信じて家康を待っていたのね。
家康はそんな家臣達の気持ちを知って、物凄く励まされ感謝したの。

 

家康はこんなにいい家臣達に囲まれて生涯を過ごすのね。家臣の家康を思う忠義も天晴だけど、家康もまたそんな家臣たちを信頼していたように思うわ。

 

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