鳥居強右衛門の長篠の戦い!歴史を動かした無名の侍がいた!

鳥居強右衛門の長篠の戦い!歴史を動かした無名の侍がいた!

鳥居強右衛門の長篠の戦い!歴史を動かした無名の侍がいた!

鳥居強右衛門

生涯 1540年~1575年
出身 三河(?)
主君 奥平信昌
思い出の戦 長篠の戦い
鳥居強右衛門といえば 旗印になっちゃった、仲間思い、熱い男、凄まじく誠実、戦国の走れメロスと言われがち

 

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長篠の戦いのキーマン!鳥居強右衛門をゆるりと解説

鳥居強右衛門と書いて『とりい すねえもん』!


初見じゃ読み方もわからないし、一般的には 誰それ?! って感じの人物かもしれないわね~。

 

この方、まったく無名の足軽侍だったわけだけど、長篠の戦いで一発ドーンと名を残す活躍をするの。

 

友情、努力、勝利!そして最後は涙アリ!

物語みたいな 鳥居強右衛門の長篠の戦い をゆるりとご紹介~!

 

鳥居強右衛門という無名の侍、そして長篠の戦いが起こるまで

 

鳥居強右衛門の出自については三河出身、元百姓という噂…程度の情報しかなく、

 

長篠の戦いで活躍するまで歴史の表舞台に出てくるような人物ではありませんでした。

 

 

オラ、ただの足軽侍だ。

カッコいい武将が引き連れてる兵士、その他大勢の中の1人…って感じなんだな。


 

その長篠の戦いが起こったのが1575年…

 

武田信玄の死後、武田氏に奪われつつあった三河を取り戻すべく奮起していたのが徳川家康、

 

そして負けじと三河に攻めこんでいたのが、信玄の後継ぎの武田勝頼でありました。

 

で、この武田勝頼の配下に奥平信昌という三河の国人がいたのですが、

 

 

徳川家においでよ!

今、一番キテてるのが織田信長様なのはご存知よね?

ワシ、信長様と仲良いしこっちの味方につけば将来安泰だよ~!

 

領地も増やしてあげるし、ワシの娘を奥平家に嫁がそうではないか!


 

彼は徳川家康の熱烈アプローチにより、勝頼を裏切って家康に仕える事になります。

 

そして早速、奥平信昌は家康からもともと武田のものであった長篠城を任されることになるのですが…

 

当然、裏切られた武田勝頼はこれを聞いて激怒、

 

 

武田家を裏切っただけでなく、長篠城まで奪われるとは…

絶対に許さん!!!!


 

奥平をブッ潰し長篠城を取り戻すべく、1万5000の兵を率いて長篠城へと向かいました。

 

こうして長篠の戦いが始まるわけですが、何を隠そうこの長篠城に籠る兵士のうち1人が鳥居強右衛門なのであります。

 

 

長篠城に籠る兵はわずか500…!

この絶対絶命のピンチを救うのは一体誰なんだ⁈


 

全ては仲間の為!鳥居強右衛門の長篠の戦いと壮絶な最期

 

天正3年(1575年)5月…

長篠城は武田の大軍に囲まれておりました。

 

奥平信昌

 

早速外郭を落とされてしもた。

我々だけじゃ無理よ…援軍…援軍さえ来れば…!!︎


 

自分撒いた種であり武田を裏切った信昌が悪いのですが、奥平軍は援軍が来るのを信じて守り抜くのみ、といった状況であります。

 

当初、長篠城の兵は少数にもかかわらず武田の攻撃をよく耐えておりました。

 

しかし、奥平軍は容赦ない攻撃に追い詰められるだけでなく、兵糧庫に火を放たれ食糧を失うという大ダメージを受けて窮地に陥ることとなります。

 

 

なんやかんや武田軍も結構な痛手を負ったな。

でもまぁ、長篠城の兵糧ダメになったし奴らがくたばるのも時間の問題だ。


 

余裕の武田軍はしばらく攻撃の手を緩め、様子見する事に…。

 

 

一方で奥平信昌は絶望の最中におりました。

 

奥平信昌

 

攻めてこられても詰み、兵糧もないしで詰みだよ(;_;)

 

チクショウ…

援軍…援軍さえくれば…。

 

もうこうなれば…

 

打って出て華々しく散ったろか…。


 

家臣A

 

いやいや。

やはり城を明け渡すのが良いのでは…。


 

家臣B

 

ワシもそう思います…。

(アナタが腹を切ればワシら助かるんやけど。)


 

家臣達は信昌に降伏する事を勧めたといいます。

 

そして、

 

奥平信昌

 

そうだよね…こうなったのは自分の責任だし。

城兵の命だけでも救ってもらおう…。

 

ワシ、切腹します。゚(゚´Д`゚)゚。!!


 

信昌は腹を切る覚悟を決めます。

 

が、

 

 

殿ぉ!!早まるでねぇ!!

 

オラが援軍を呼びに行ってきますだ!!


 

そこに待ったをかけたのが、軍議の末席にいた鳥居強右衛門でした。

 

奥平信昌

 

マジ( ´∀`)?!

 

……て、ごめん誰だっけ??


 

 

オラ、鳥居強右衛門!

まだまだ無名の足軽侍だ!

 

オラが城をこっそり抜け出して岡崎へ行ってきますだ。


 

奥平信昌

 

と言っても…

長篠城は川に囲まれていてただでさえ渡るのに苦労するのに、そこを武田勢に見つからずにくぐり抜くのは至難の業だぞ?


 

 

任せてくだせぇ!

オラ、小さい頃から川に潜ってきたし泳ぎはべらぼぉに得意だ!


 

奥平信昌

 

うーん……

 

わかった!

そこまで言うなら任せる、頼んだぞ!


 

信昌はしばし考えた後、鳥居強右衛門に伝令の役目を頼みました。

 

奥平信昌

 

ワシの父が岡崎にいるから、この手紙を渡してくれ。


 

 

御意!

絶対なくさねぇよう、腹巻に縛りつけるだ。


 

早速その日の夜、強右衛門は暗闇に乗じて敵の包囲網を突破、川を泳いで渡って無事に岡崎へと向かう事ができました。

 

そして岡崎城に到着した強右衛門は奥平信昌の父・貞能と対面を果たします。

 

 

長篠城でカクカクシカジカ……

 

とにかくすんげぇ大変なんだ!


 

奥平貞能

 

それは急がねば!!︎

今すぐに家康様に取りつごう!

ちょうど信長様も今岡崎に来てるよ!


 

次いで強右衛門は徳川家康、織田信長と対面を果たしました。

 

 

強右衛門とやら、大義であった!

明日ここを発つから、ワシらと一緒に行こうではないか。


 

実は徳川家康は前々から武田軍の動きを把握しており、すでに信長に援軍を頼んでおりました。

 

なので強右衛門が来た段階で、援軍の出撃準備が整っていたという…。

 

 

ぁぁ良かった嬉しい!

これで長篠城の皆が助かる!

 

オラ、この事を今すぐ皆に伝えたいからもう帰りますだ。


 

 

いやお前、帰りも無事に戻れるとは限らんぞ?


 

 

そそ、ワシらと共に行けば安心安全なんだから。

一緒に行こうよ。


 

 

みんなオラの帰りを待ちわびてる。

援軍が来るか来ないか、不安で仕方ないだろうから一刻も早く帰ってみんなを安心させてぇんだ!


 

 

まぁそこまで言うなら。

気をつけてねん。


 

強右衛門が武田の大軍を潜り抜け、岡崎まで生きてたどり着いたのは奇跡…。

 

戻るとなるとまた凄まじいリスクが伴うのに、強右衛門は信長達の誘いを断り早々に一人で岡崎を発ちました。

 

そして翌日の朝…

 

長篠城の近くへ戻ってきた強右衛門はミッションコンプリートを伝える狼煙を上げた後、敵兵に紛れて城へ入る機会をうかがいました。

 

しかし…

 

 

ん?


 

 


 

 

コイツ!

脛巾の色が違う!敵か⁈


 

 

ッエ!?


 

装備の違いを指摘され、捕らえられてしまいました。

 

 

お察しの通り、オラは奥平信昌の使いだ。

密命を受けて城の外を走り回ってただ。


 

 

狼煙が上がってたから何かおかしいと思っていたのだ。

 

で、援軍が来るの?


 

 

来ますだ。


 

観念した強右衛門は正直に全てを話しました。

 

 

その後、武田勝頼のもとへ連れていかれた強右衛門は…

 

 

織田、徳川の軍勢が来るとなるとマズイな。

早々に決着をつけて帰りたいところよ。

 

城内の者に援軍はこない、城を明け渡して降参するように…って伝えてくれない?

奥平の首さえ渡してくれれば、城兵の命も助けるし。


 

長篠城の仲間に嘘の報告をするよう求められました。

 

 

それに今回のお前の大胆な行動は敵ながら天晴れだった!

 

俺はお前の事気に入ったぜ~。

お前がこっちの味方についてくれれば褒美や所領を与え、手厚く迎えてやるぞ?


 

 

命を助けてくれるだけでなく、ワシみたいな足軽風情に領地を与えてくれるなんて感激だ。

断る理由がねぇですだ。


 

勝頼から高待遇でのスカウトもあり、強右衛門は素直に従うことに。

 

そして縄を解かれた強右衛門は勝頼の配下数人に付き添われ、長篠城の近くへと連れていかれました。

 

 

さぁ、降伏するよう伝えてくれ。


 

 

はい。

 

 

長篠城のみんなーーーー!!︎!!︎!!︎!!︎!!︎


 

促された強右衛門は大声で仲間を呼ぶと…

 

 

援軍はくる!

織田、徳川の殿様がすげぇ大軍引き連れてくるからもう少しの辛抱だ!!

 

負けんなーーー!!︎!!︎!!︎!!︎


 

城へ向かってこのような事を叫びました。

 

 

なんっ…?!


 

ザワつく武田の武士達…

もちろん、勝頼は大激怒です。

 

 

許さん!!︎

すぐさま処刑してやる!!︎


 

強右衛門はその場で磔にされ、仲間の目の前で突き殺されてしまいました。

 

決してブレることなく忠義を貫き、仲間の為に死んでいった強右衛門の最期に城兵達は涙したといいます。

 

奥平信昌

 

強右衛門の死を無駄にしてはいけない!

援軍は来る、それまで何としても持ちこたえるのだ!


 

負け戦ムードだった長篠城の兵士達は強右衛門に勇気を貰い、士気を取り戻しました。

 

そして2日後、長篠城から数キロ離れた設楽ヶ原に織田・徳川の援軍合わせて3万8000(それ以上だったとも)が到着。

 

 

長篠城どころじゃないわ!

行くぞ、設楽ヶ原へ!


 

こうして武田軍VS織田・徳川連合軍の『長篠の戦い』(実質『設楽ヶ原の戦い』)が始まるのであります。

 

鳥居強右衛門の死、その後の戦の行方

 

織田・徳川連合軍VS武田軍の長篠の戦いが勃発!

 

まず最初に、徳川の別隊による奇襲攻撃で長篠城を見張る武田軍を撃破。

長篠城の救援に成功しました。

 

そして織田・徳川連合軍の本隊は鉄砲隊をガッツリ配置し、馬防柵を立て騎馬隊対策バッチリで設楽ヶ原にスタンバイしておりました。

 

これを見て武田家の家臣達は

 

 

兵力差もあるし、敵の戦闘力は高い。

勝ち目はないかと思います。


 

 

武田ご自慢の騎馬隊も通じないでしょう。

殿、ここは退くのがよろしいかと。


 

撤退するよう進言するのですが、

 

 

うるさい!

俺は戦上手だし、武田の騎馬隊も最強なんだ!

負けるわけない!!︎


 

勝頼はそれを無視して突撃命令を降します。

 

結果は織田・徳川連合軍の勝利。

 

武田軍は全体で1万を超える死者が出たうえ山県昌景や馬場信春など、信玄の時代から活躍する重臣達が多数討ち死にするという大ダメージを受けておりました。

(連合軍も6000ほど死者が出たと言われてる。)

 

この戦で有能な家臣達を失った武田氏は衰退の一途を辿り、1582年に織田信長によって滅ぼされることとなります。

 

 

オラが仲間に援軍の事を伝えなかったら、長篠城は武田軍の手に落ちてたかもしれねぇ。

 

そうなると設楽ヶ原に武田軍は出てこなかったかもしれねぇし、武田家の有能な家臣達も存命してたはず。

 

そうなると武田家はまだまだ強いままで、織田信長は武田家を滅ぼす事ができなかったかもしれねぇ。

 

となると、オラってひょっとして歴史を動かした凄い人物…?!


 

まさかの旗印!鳥居強右衛門の最期に心打たれた武田の武士

 

鳥居強右衛門の壮絶な最期に心を打たれたのは味方だけではありませんでした。

 

処刑の際、強右衛門の近くにいた武田軍の兵士・落合左平次は…

 

 

強右衛門殿…

その忠義心、命をかけた勇気ある行動に私、いたく感銘を受けました!

 

その武勇にあやかり、あなたの最期の姿を私の旗印にしたいと思っているのですがよろしいですか⁈


 

強右衛門本人に許可を取り、自身の旗印を↓

 

鳥居強右衛門旗印

 

こんなデザインにしてしまったほど心にグッときた模様。

 

 

オラの処刑シーンが旗指物なんて斬新すぎんだろ。

まぁでも、悪い気はしねぇよな///


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楽しんでいただけたらイイネ!

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