上杉謙信の逸話色々!戦場でのエピソードがカッコイイ!

上杉謙信の逸話色々!戦場でのエピソードがカッコイイ!

上杉謙信の逸話!戦場でのカッコイイ話や闇を感じるお話・・・

連戦連勝・生涯無敗伝説を誇る上杉謙信は、戦国最強の戦術家と評価されるくらい、戦において天才的な戦いっぷりを発揮していたの!


 

武勇に優れていた、なんて語られる武将ではないし知的なイメージがあるけど、戦場での勇敢なエピソードもちゃんとあるのよ~!

 

でも戦場以外での戦略は・・・、いまいちだった?!

 

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度胸も最強レベル!謙信の戦場エピソードがカッコイイ!

 

1560年頃…

上杉謙信は相模の大名・北条氏康と敵対していたのですが、

 

この北条氏の軍勢が謙信の味方である佐野昌綱が籠る唐沢山城を、3万もの軍勢で包囲しました。

 

味方のピンチに謙信は8000の兵を率い、救援に向かいます。

 

そこで謙信は…

 

 

この兵力差、大ピンチではないか!

私自ら唐沢山城内へ入り、中から援護しよう!


 

と、わずか十三騎という少ない手勢で城内を目指しました。

 

しかも甲冑を纏わず、堂々と北条軍の眼前を通ったという…。

 

この行動に度肝を抜かれた北条の兵達は、恐れ入って誰も謙信達に手を出すことができなかったそうです。

 

そして無事に城内入る事ができた謙信は、兵を立て直すと改めて北条と戦うべく城から打って出ました。

 

完全に謙信のペースにもってかれたか、北条軍は戦意喪失。

城の包囲を解いて退却したのでした。

 

また、それから数年後の1561年…

 

上杉謙信は10万もの大軍で北条氏の拠点・小田原城を攻めるのですが、何を考えたか謙信は北条軍がひしめく小田原城の前で弁当を食べるというとんでもない行動を起こしております。

 

そんな謙信目掛け、敵は鉄砲を撃ち込むのですが不思議と弾は当たらず。

 

謙信は依然としてランチタイムを続行したんだとか。

 

そんな謙信を見て北条の兵士たちは

 

 

上杉謙信勇気ある~!

ハンパね~!!


 

と褒めたたえたといいます。

 

 

毘沙門天の化身を語ってるだけあるよね~。

私のこの堂々たる姿に、味方の士気は爆上がりですよ。


 

上杉謙信派戦場以外では強くなかった??

 

一つ一つの戦には強い謙信ですが、何気に戦以外での戦略面はいまひとつ・・・といった感じでありました。

 

戦国時代の大名達は他国と同盟を結んだり、人質をとったり、裏切ったり騙したり・・・と、色々な戦略を持って領地を守ったり、他国を侵略して勢力を拡大させたりしていたわけですが、

 

上杉謙信はそういった事をあまり積極的にやっておりませんでした。

 

謙信には、

 

 

あいつは何をしでかすかわからん。

信用できんし油断ならん男だ。


 

的なところがなかったせいか、意外と味方に裏切られたりする事も多かったし、敵も多かったのであります。

 

敵国に強くプレッシャーをかけることもないし、基本的にあまり自分からアクションを起こすこともない、

 

敵が来たら戦う
頼られたら助ける
仲良くしたいって言われたら仲良くする

 

みたいな受け身の姿勢だったわけです。

 

義を重んじるあまりか、野心がないあまりか・・・

策略を必要としていないのも謙信の凄いところのひとつかも?

 

 

将軍すらも下剋上の対象とされていた戦国時代、私は秩序を守って行動していた善良な大名だったのですよ。


 

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義を重んじる上杉謙信にもダークな部分があった・・・!?

 

ここまで上杉謙信を持ち上げるエピソードばかりご紹介しましたが、謙信にもネガティブな戦国エピソードがあったりします。

 

例えば、敵国での略奪の黙認…。

 

上杉軍の兵達は、敵国に入ると食料、金品、物品、奪える物は根こそぎ奪っていったと言われています。

 

さらには物だけでなく人をもさらい、売買して金を得ていたそうです。

 

誰よりも義を重んじているはずの上杉謙信が、なぜそんな事を許すのか…?

 

 

それには複雑な事情があったのだよ…。


 

上杉謙信は、織田信長や武田信玄のように

 

 

天下人になってやるー!


 

とか

 

 

領地増やすぞー!

他国を侵略だぃ!


 

といった野望はなかったと思われ、無理に人様の土地を奪うような事はしませんでした。

 

 

助けて謙信さん!

領地奪われた!


 

 

任せなさい!私が取り戻してみせます!


 

上杉謙信の戦はこんなのばかり。

 

織田信長みたいにギラギラ他国をゲットしていった大名は領地や城を手に入れると、それを恩賞として家臣に与えて出世させてあげる事ができましたが、

 

上杉謙信はそういった恩賞を家臣に与えられないので、他国の略奪を黙認することで家臣の金銭的な不満を解消してあげていたと言われています。

 

おそらくこのような事は他国でも行われていたと思われますが、上杉謙信がこのような事を許していたのは衝撃的であります。

 

 

ちなみに、徹底された略奪は敵国の経済を弱らせる事ができるんだ。

そういった面でも利点はあったんだよ。


 

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ちょいとビックリ!上杉謙信の殺伐とした逸話

 

上杉謙信が将軍と謁見する為に、上洛した時のこと…

 

謙信は堺の宿に立ち寄るのですが、そこの宿主は足袋を履いたまま謙信を出迎えました。

 

それを見た謙信は…

 

 

挨拶にくるならきちっと正装してこいっ!

無礼者っ!!


 

と激怒し、問答無用でその宿主を手討ちにしてしまいました。

 

どうやら謙信の地元では正装は素足がデフォだったようで、礼儀を尽くす場で足袋の着用はNGだったみたいです。

 

この事件を聞いた堺の町人達は…

 

 

そんな風習の違い知らないし!

一方的に処罰するなんてあんまりだ!


 

さすがに酷すぎると謙信に抗議しました。

 

これを受けて謙信は…

 

 

ごめんなさい。

 

 

 

 

……とはならない。


 

まさかの反省ナシ。
それどころか町人を軽く蹴散らした後、町に火をかけその場を去ってしまったそうな…。

 

正義感が強いゆえ、無礼な対応が許せなかったのでしょうか??

案外厳しい面もあったみたいですね。

 

 

毘沙門天の化身を名乗るぐらいだし、プライドは高そうだよね~。

私が間違ってるとでも?謝ってたまるか!…的な?


 

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